T.Nさん 戦後の食事

【戦後特に大変だったことはなんですか?】(戦後の大変だったことは、結局食糧がないもんで、他所の畑から失敬してきて)芋づるの、葉っぱを取ってって、食べたり、みそ汁ん中入れて食べたり。うどん粉を練ってみそ汁ん中入れて、団子汁とかってそういうのを食べたり。(代用食やね。お米もないもんで、なんでも粉のものは全部集めてきて、練って、団子にしとった。芋でも、澱粉工場ってあったんやな。そこでなんか澱粉、ジャガイモの澱粉やない、芋の澱粉をもらってきて、それこそ粉にしたり、それを食料にしてやっとったし、ほれから、私が一番いつも言うのは、山に生えとるこのクサギちゅうのが、あるんやね。こんな大きな葉っぱの。あれを、いつもその団子の汁とかなんかの、あのお米のすこーし入ったとこへ、どっさり入れて。食べるんやね。あれが嫌で嫌で。芋づる食べとるよりも嫌やったの。でもあれ、昨日かしらんテレビでやっとったけど、結構いいらしいんやね。栄養があって。いいんやけども、そのころはもう嫌で嫌で仕方なかった。うん。味が。)

まあ戦地のことは分からんな。どんなふうやったか。学童疎開もないし、戦中、戦後の生活…。まあ辛かったのは、やっぱり勉強ができなかったということと、お百姓さんの手伝いとか、桑の木の皮むきとか、どんぐり拾いとか、竹槍持って人形をつついたりして。そんな練習ばっか。だからおじさん今82歳やけども、こんな丈夫いんや。【そういうことは、お母さんたちは、やってない?】(やってない、うん。まだそれこそ、どんぐり拾いが精一杯やったころ。)